JICA海外協力隊の世界日記

ウズベキスタン便り

世界遺産・青の都だけではないサマルカンドの魅力!~ソグド人のお城編~


執筆:山口浩司(JICAウズベキスタン事務所企画調査員)




ウズベキスタンの観光地と聞くと、世界遺産である青の都・サマルカンドをまず思い浮かべる方も少なくないと思います。



大航海時代到来前は、シルクロードの交差点であり世界中の人々や行商人が往来し、文化と物流の中心地としてティムール朝が栄えたサマルカンド。



サマルカンドブルーと呼ばれる青色のタイルを並べて装飾した建造物が美しく、市内に点在するモスクや霊廟には昼夜問わず多くの観光客が足を運んでいます。

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サマルカンドの定番観光スポット「レギスタン広場」



そんなサマルカンド市の外れに、カフィル・カラ(アラビア語で異教徒の砦という意味)と呼ばれる、ソグド人の城砦跡が残されています。

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サマルカンド市から約10km南下した場所に位置するカフィル・カラ遺跡



ソグド人とは、紀元前より中央アジア一帯でゾロアスター教と呼ばれる古代ペルシャを起源とした宗教を信仰しつつも、他宗教を含む東西の文化や物資の流通を活性化させてきたシルクロードの商人たちのことです。



そんなソグド人により築かれたカフィル・カラは、2023年に「シルクロード:ザラフシャン=カラクム回廊」の構成資産の一部として、世界遺産にも登録されています。サマルカンドでは実は2種類の世界遺産を楽しむことができるのです。

カフィル・カラは今では廃墟のような見た目になってしまっていますが、8世紀初めにアラブ人の侵攻により火が放たれて陥落してしまうまでは、「シタデル」と呼ばれる城塞、その周りの城壁の内側に位置し「シャフリスタン」と呼ばれる貴族の居住区、そしてその城壁外の商業地区である「ラバト」の3層で構築され、サマルカンドの王様を守る防衛機能を備えた離宮として栄えていたと考えられているそうです。

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カフィル・カラ遺跡、シタデル(城塞)内部





そのカフィル・カラ遺跡では、大阪府の吹田市にある国立民族学博物館から毎年調査隊が派遣されており、当時の城砦の様子を知ることができる埋蔵品の発掘作業が行われています。今回は、来ウズしていた調査隊長に同行し、JICAウズベキスタン事務所の遺跡好き3名でカフィル・カラ遺跡を訪問させていただきました!

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隊長に案内されるJICA調査隊



カフィル・カラ遺跡はサマルカンド中心部からタクシーでも簡単にアクセスでき、キャベツやグレープなど、サマルカンドの特色のひとつである乾燥地農業の圃場が無数に広がる幹線道路を、30分ほど南下すると到着します。(ウズベキスタンのタクシー配車アプリ「Yandex
Go」で約600円程度)

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遺跡につづく道






遺跡はサマルカンドの貴重な水資源であるダルゴン川(21世紀の水戦争の舞台のひとつであるザラフシャン川から分かれサマルカンド地方に流れる派川)に隣接しており、まるでお堀に守られた天守閣のような構造になっています。



隊長の説明によれば、シタデルの周りには見張り用の塔が建てられており、そこから跳ね上げ橋をかけ、シタデルへの入り口とすることで、防衛機能を高めていたと推測されているそうです。


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遺跡の周囲を流れるダルゴン川

画像8.jpgシタデル内部に続く唯一の入口

そんなシタデル内の玉座(と考えられている部屋)では、2017年に当時のソグド人が崇めていた女神ナナが彫られた木彫り板が、その調査隊によって発見されています。

photo_2025-10-10_12-18-56.jpg木彫版発掘時の様子

木彫り板は前述のアラブ人の侵攻により火が放たれた際に燃えて炭化してしまっていますが、逆に炭化したからこそ現代までその姿を維持して土に還ることもなく残存することができたそうです。まさに怪我の功名!



その木彫り板が見つかった王の間や、炭化した穀物や葡萄酒の瓶が出土した食糧庫、信仰物を設置するための神棚のような台や、さらにそれらがアラブ人の侵攻により焼け落ちて炭化した跡などが至る所で露出しており、当時のソグド人のシタデル内での生活を想像しながら遺跡を見学させていただきました。


スクリーンショット 2025-10-13 084937.jpgシタデルの内部

しかし、調査を進めるにつれて、シタデルを別の見方で捉えることができる可能性も示唆されていると隊長は言われていました。



上の写真は女神ナナの木彫り板が見つかった場所で、シタデルの中心にある王の間と考えられている部屋です。調査隊長によれば、王様の部屋としてはこじんまりしすぎており、またそのシタデルの周りに回廊が存在していた跡がみられることも鑑みると、実は城塞と思われていた建物全体が、ソグド人の寺院であった可能性も浮上しているそうで、引き続き、当時の正確な様子を知るための発掘調査を続けられるとのことです。





考古学とは「古(いにしえ)」を「考」える「学問」。



発掘された物証を研究することで、文字や文献が残されていない時代の人々の生活や人類の歴史を解明していく、とても興味深い学問だと今回の調査同行を通じて感じました。



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カフィル・カラ遺跡は、ウズベキスタンとサマルカンドの歴史を象徴する貴重な遺産で、古代から中世にかけての人々の営みや文化の多様性、交流の痕跡が今もなお遺跡に息づいているように感じました。歴史や考古学、文化に興味がある方は、ぜひ一度カフィル・カラ遺跡を訪れてみてください。サマルカンドの王道の観光旅行である青の都もよいですが、中央アジアの歴史を辿る遺跡で、ソグド人の生活や信仰の一片を垣間見れる遺跡訪問、おススメです!



なお、女神ナナが彫られた木彫り板は、イギリスの大英博物館やフランスのルーブル美術館等に展示されたことがありますが、これまで日本国内で展示されたことはなく、20263月に大阪にある国立民族学博物館で実施予定の特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り~サマルカンドの遺跡とユーラシア交流」での展示の実現に向け、鋭意輸送準備を進めているそうです。



私も、展示が実現した際には国立民族学博物館を訪問し、実物をこの目で見てみたいと思います。





(参考リンク)
国立民族学博物館ホームページ特別展「シルクロードの商人(あきんど)語り~サマルカンドの遺跡とユーラシア交流~



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