JICA海外協力隊の世界日記

ウズベキスタン便り

世界を広げるために


執筆:近藤 里奈(JICA海外協力隊2024年度1次隊/青少年活動)


Assalomu alaykum.こんにちは。2024年1次隊ウズベキスタン派遣の近藤です。
私は大学卒業後、日本の高校で国語科教員として勤務し、現在は休職してウズベキスタンに来ています。ウズベキスタンでは、小中高一貫校で現地の先生とともに日本語と日本文化の授業を行っています。
私は大学では日本近代文学を専攻していました。仕事では高校生に現代文と古典を教えており、外国語に接する機会はほとんどありませんでした。学生時代から海外旅行はそれなりにしていましたが、拙い英語とボディランゲージ、勢いでなんとかしていたような人間です。

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そんな日本で国語に関わる私が、異国に来て何を感じ、何を考えるようになったのか。ここに記しておこうと思います。
まずは、先輩隊員と話していた時の話をしましょう。青空が広がるタシケントの街を二人で歩きながら、「日本語にしかない言葉」の話になりました。ちょうど、木漏れ日が美しい道でした。
季節や自然に限った話をしましょう。例えば、〈桜吹雪・若葉〉〈夕立・涼風〉〈木枯らし・秋の夜長〉〈小春日和・寒梅〉〈木漏れ日・朝露〉。季語に目を向ければ、さらに多くの言葉が存在しています。
ウズベキスタンではウズベク語・ロシア語を聞く機会が多くありますが、これらを示す単語がありません。つまりウズベク人の世界には、桜吹雪も、夕立も、木枯らしも、小春日和も、木漏れ日も、存在しないのです。意味が近い言葉はあっても、まったく同じ、細やかな言葉の意味を伝えられる表現は、きっと外国語にはないのだと思います。
ここに、ウズベキスタンで撮った美しい風景の写真をいくつか載せています。みなさんはどのような日本語でこの風景を表現しますか?

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さて、様々な国で活動されているボランティアの方々は経験があるのではないでしょうか。現地の人たちとの価値観や考え方の違い、わかり合える部分、わかり合えない部分。少なくとも私はそれを強く感じています。しかしそれは当たり前だと思うのです。なぜなら、言語が違うということは、“世界の捉え方が違う”ということだからです。
「ウズベク人の世界には、桜吹雪も、夕立も、木枯らしも、小春日和も、木漏れ日も、存在しない」と前述しました。それは、裏を返せば「日本人である私の世界には、ウズベク人にとって存在している何かが存在しない」ということなのです。
言葉の数だけ世界が存在している。つまり、世界は言葉でできている。知識としてもっていたそれを、異国に来て実感することができました。

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ウズベキスタンに来て、1年7ヶ月が経ちました。帰国まであと数日です。
来た当初は「ボランティアとしてこの国に何かを還元しなければいけない。何かを残し、何かを得なければならない」と、強い使命感のようなものが、強迫観念のように常につきまとっていました。しかし今は、ウズベク人からウズベク語、時にはロシア語を学び、私はウズベク人に日本語を教える。そうやってお互いの世界を広げていく。これもまた、ボランティアのひとつのあり方なのかもしれないと考えています。
私が学んだウズベク語に、“Oq yo’l”という言葉があります。直訳すると「白い道」という意味ですが、「よい旅を」「幸運を祈る」という意味合いで使われます。この言葉を知った時、美しい言葉だな、と思いました。多くの人々が行き交うシルクロードの中心地であったウズベキスタンの言葉として、こんなにふさわしい言葉があるのか、とも思いました。きっとこの土地では遙か昔から、多くの人々が別れ際に“Oq yo’l”と声を交わしてきたのではなかろうかと、想いを巡らせます。これから友人が歩む先に、白く、光り輝く道が続くことを祈りながら。

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壮大な青、何世紀も続く街並み、広大な大地。そして旅を通して出会った人々。ここに来なければ、見ることができなかった景色、出会うことのなかった人々です。
帰国を目前にして最後の旅をしていた最中、ふと、ウズベキスタンの大地を前に持統天皇の歌が想起されました。
春過ぎて 夏来にけらし 白妙の
衣ほすてふ 天の香具山
宮廷で天の香具山を望みながら、初夏の情景を目にして詠まれた歌です。ふと立ち止まって振り返った時、古代から変わらずそこに在り続ける壮大な自然と、日々移り変わる人々の営み。そして、過ぎ去った時間へのしみじみとした想い。1000年前の日本語が、自分の奥底に溶けて広がっていくような感覚でした。遙か昔から変わらずそこに在り続けるウズベキスタンの広大な大地と、そこで生活する人々。そして帰国を控え、辿ってきた道を振り返っている自分。
胸中に持統天皇の歌を抱き、別れ際に“Oq yo’l”と手を振る。日本を離れたからこそ日本語という言語の豊かさを実感し、日本語にはない音の響きと美しさに耳を傾けることができるようになりました。

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私は、教員という仕事に誇りをもっています。ずっと日本に留まることだってできました。しかし、ほんの少しの勇気をもって外の世界に足を踏み出してみました。楽しいこと・嬉しいことばかりではありませんでした。けれども今、確かに私の世界は広がり、色鮮やかに輝いています。同じように、私と関わったことで、世界が広がったと感じるウズベク人が一人でもいたらいいと思います。それは、とても愛おしいことだと思うからです。
それでは、最後に。今後、新しい世界へ旅立つすべての人々へ。“Oq yo’l”‼

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