JICA海外協力隊の世界日記

バヌアツ便り

アラカン隊員のバヌアツを行く~自己紹介~(#1 野田順子/職種:小学校教育)

Glad blong mitim yu ! (初めまして!の現地公用語ビスラマ語) 
20242次隊、バヌアツに小学校教育で派遣された野田順子と申します。現在、バヌアツに来てから3ヶ月が経ちました。当初、20251月に派遣される予定が、昨年12月の地震(12月17日にM7.3の地震が発生し、首都を中心に大きな被害をもたらした)で派遣が未定になり、悶々とした日々を日本で過ごしていたので、2月にバヌアツの地を踏んだ時は夢なのではないかと思うくらい嬉しかったです。只今、アラカン(アラウンド還暦の略)への道まっしぐらな私ですが、海外でのボランティアは人生2回目になります。20代半ば、計一年半以上、タイ、ネパール、インドでバックパッカーをしながらボランティアをしていました。特にマザーテレサの孤児院でのボランティア体験は、その後一貫して子供関係の仕事に従事する契機となりました。そして、バヌアツにJICA海外協力隊として来るきっかけを作ってくれたのは娘でした。彼女は2年前にバックパッカーの旅をバヌアツから始めたのですが、その際に彼女が出会ったJICAの方々を通して私の年齢で協力隊に参加できることを知り、すぐに協力隊に応募をし、第一希望であるバヌアツに派遣されることになりました。
色々なご縁で繋がったバヌアツでのアラカン協力隊活動。これから活動や体験をシェアしたいと思っています。IMG-20250526-WA0003.jpg2月の中旬にバヌアツに来た当初は、街の所々で地震の傷跡が見られ、首都Port Vilaの一番の観光地であるマーケットの辺りは立ち入り禁止地域でした。被害を受けた建物の取り壊しが至る所で見られ、悲しい気持ちになりましたが、今ではだいぶ立ち入り禁止も解除され、活気が戻りつつあります。東日本大震災を知っているバヌアツの人からは、「あんな大地震からも日本は復興していて、私達も頑張らなきゃ!」なんて、言葉をもらうこともあります。地震大国である日本から来た私たちの経験をバヌアツで伝えてきたいです。IMG-20250526-WA0001.jpgバヌアツの文化やビスラマ語の研修を1ヶ月受けた後、派遣されたのは首都の隣村であるPangoVillageにあるPango Centre Schoolです。首都の街からバス(という名のハイエース)で20分ほどの場所にある村ですが、のんびりしていて島内有数の美しいビーチが広がっています。その美しい光景を毎日見られる幸せを噛み締めています。学校に派遣されて1ヶ月半ですが、先生方は皆、親切で子供達も人懐こくてとても可愛いです。日本の常識がことごとく崩れ去る毎日ですが、それも楽しめる自分がいます。5月末から2学期が始まり、より本格的に活動が始まりますが、トライ&エラーで楽しんでいきたいと思っています。

野田順子(2024年度2次隊 /小学校教育)



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