JICA海外協力隊の世界日記

バヌアツ便り

お葬式に参列しました(#11 高橋利幸/職種:編集)

カウンターパートの甥が亡くなりました。カウンターパートとは、JICA海外協力隊が現地で活動を行う際に協力し合うパートナーのことを指します。私の場合は、職場の事務総長がその役割を担っています。

急な知らせを受け、まず甥の自宅へ向かいました。亡くなった甥は、まだ30歳という若さでした。彼の父親はすでに他界しており、カウンターパートが日本でいう喪主のような立場を務めていました。

家にはすでに50名ほどが集まり、悲しみの声が響いていました。故人の前に皆が立ったとき、今まで静かだった参列者たちが急に大声で泣き出します。これをセレモニーと呼んでよいのか、後で同僚に尋ねたところ、「泣き声の大きさで故人の生前の人柄が判断される」とのことでした。その後、故人の棺の前へ一人ずつ進み、最後のお別れとして顔にそっと手を触れました。

次に、お弁当が配られ、参列者全員で昼食をとりました。葬儀の直前に食事を共にすることが、日本との違いとして印象的でした。

食事を終えると、葬儀が始まりました。バヌアツでは人口の80%以上がキリスト教徒とされています。牧師による聖書の朗読と祈りが静かに続きます。また、参列者全員で聖歌を歌う時間も設けられており、葬儀の合間に2曲を皆で歌いました。

続いて、カウンターパートが故人の人生を振り返る弔辞を述べ、最後に再び牧師が祈りを捧げました。ここまでで約2時間が経過していました。

その後、黒塗りのワゴン車に棺が乗せられ、皆で郊外の墓地へと向かいました。市内の墓地はいっぱいとのことで、最近は郊外で埋葬されることが多いようです。墓の前にはあらかじめ穴が掘られており、そこに棺を設置しました。棺はゴザや布で丁寧に覆われます。葬儀場にゴザや布がたくさんあった理由が、ここで分かりました。すべて棺を包むためだったのです。

牧師による最後の祈りの後、参列者一人ひとりが順に土を入れて埋葬が進み、最後に「アーメン」と唱えて祈りを捧げました。私は仏教徒として手を合わせましたが、故人を悼む気持ちは伝わったと思います。

埋葬後、ここでもお弁当が配られ、食事をしました。墓地で食事をするのも一般的とのこと。ただし、葬儀の形式は出身の島によって異なるそうで、今回の流れはこの島のしきたりかもしれません。参列者も、その島の出身者が多く集まっていました。

そして、バヌアツでは、葬儀後5日間にわたり、親族や仲間たちと共に食事をするのが習慣だそうです。今回の経験を通じて、日本とは異なる文化に触れながらも、「別れを惜しむ心」は国を越えて共通していることを改めて感じました。

職場からは、ゴザとお米、そして有志で集めたお金を持参し、故人の家族にお渡ししました。表紙の写真は、皆で故人の家へ向かって歩いている姿です。

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