2023/07/20 Thu
文化 活動
# 17 仕事観の違い
先日、
イスラム教の犠牲祭があり、
世界中のイスラム教徒の間で
祝われました。
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犠牲祭は、
イスラム教の預言者の一人である
イブラヒムがアッラーの命令に従い
息子をささげようとしたところ、
羊が身代わりになったという話が
由来とされています。
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この話に倣い、
多くのイスラム教徒は
アッラーへの捧げ物として、
羊や牛、山羊などを屠り、
親しい人や貧しい人々と
分け合います。
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その日の朝、
任地で散歩をしていると、
家の玄関前やガレージで
手際よく羊を捌く若い男性や
それを見つめる子供たち、
奥で料理の下ごしらえをする女性
などの様子があちこちで見られ、
ムスリムの温かい家族の雰囲気を
感じました。
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ほとんどの場合、
こういった宗教行事の際は
どこも仕事が休みであり、
日本人としては少し不思議な感覚です。
今回は、チュニジア人と日本人の間の
「仕事」に対する捉え方の
違いや共通点について
考えてみたいと思います。
1年前、
偶然バスで隣になった
学校の先生と話をした時に、
「日本人は組織のために働くって
聞いたけど本当?」
と質問されました。
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その時はただ単に、
「当たり前のことを聞くなぁ」
と思いつつ話を続けたように
記憶していますが、
それ以降、任地で活動をする中で、
同僚との考えのすれ違いを感じた時、
時折この質問が頭に浮かびます。
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私の配属先では、
仕事における「報連相」が
比較的少ないように感じます。
一つの団体でありながら、
皆がそれぞれ違った活動を行い、
それらの情報が十分共有されずに
うまく進まないケースもあります。
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また、
他のメンバーが行う活動に対して
皆が積極的に協力するというよりは、
それぞれが自分の都合や興味を
優先しているように感じます。
このため、私は度々、
「もう少し、みんなが組織のために
働く精神を持ってもいいのではないか」
と偉そうにも思います。
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他方、事務所の中ではいつも、
楽しそうに会話をしたり
昼食を一緒に作って食べたりと、
同僚のみんなは家族のように仲良く
過ごしているように見えます。
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このように、
仕事においては日本と相反する
「個人重視の考え」、
組織内の人間関係では日本のような
「家族的一体感」が存在し、
この2つの共存によって
私は時々違和感を覚えるのです。
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しかしながら、考えてみると
自分の職場を家族のように認識し、
その組織の繁栄を自分の成功と捉え
組織のために一生懸命働くという意識は、
日本的なものかもしれないな、
とふと気づきました。
私には社会人経験が
ほとんどないので
日本人の仕事観を
深く理解している
わけではありませんが、
少なくとも私の解釈では、
日本の戦後復興を支えたのは
先人たちによる労働であり、
それを裏付ける終身雇用制、
つまり、一生懸命働けば
医療や年金、生活が保障される
という認識と安心感だと言えます。
。
これに比べ、チュニジアでは、
経済的に不安定な状況の中、
一生懸命働き、
組織に貢献したとしても
その分自分の生活が
保障されるとは限りません。
。
そんな中、国内外での
より良い雇用の機会を掴みとるために、
普段の活動や仕事とは別に、
セミナーやワークショップに参加し、
見識を深めたり人脈を広げたりする
傾向があります。
。
現在、
日本でも前述のような
終身雇用制の存続が
危ぶまれている中、
ともすれば、
「組織のために働く」という
日本人的な美徳は
過去のものとなり、
チュニジア人のように
個人のスキルを磨きながら
より良い生活を求め続けるように
なる(あるいは既になりつつある)
のかもしれないなと思いました。
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