JICA海外協力隊の世界日記

井上幸一のクルシェヒル滞在日記

華のキャンパスでツーリズムを語る!の一席

 トルコでは国の方針で全国81県に必ず1校は大学が設置されているそうですが、ここクルシェヒルにも唯一Ahi Evran大学があり、全国から集う学生が約1万人と市の全人口の1割近くを占めています。従って意外と若者の多い街でもあります。我々夫婦も数名の親しい学生友達ができて、食事に招待したり、招待されたりと親子のような交流を楽しんでおります。
 そんな活気溢れるキャンパスで先日11月25日15:00過ぎから1時間半ほどクルシェヒルのツーリズムの(厳しい)現状と取組みのあれこれについて語る機会がありました。
 事の始まりは、当大学でPublic Administration学を教えるMrs.SERAP助教授が、
授業の一環としてクラスの学生達に様々なテーマを与え、その結果をクラスでプレゼンする授業のスタイルを始められたことです。その名誉あるfirstプレゼンテーターに指名されたのが、今回私が話をする切っ掛けとなった張本人Mr.SafakとMr.Yasinの両君です。彼らに与えられたテーマが「クルシェヒル県のツーリズム素材と事業の実情」という、まるで私が何んで当地に派遣されてきたのかを見透かしたような、あまりにも偶然? いや、出来レールのような課題だったのです。もちろん、当大学にはツーリズム学科や講座はありませんし、ツーリズムの門外漢たる彼らが資料作成や情報収集は中々大変ですので、何かいい方法は無いものかと思いあぐねた挙句、結局たどり着いたのが我が文化観光局というわけです。
 定石通り、ある日彼らは局の門を叩きました。が、幸か不幸か全県下で100名を超える我が局で唯一ツーリズム学を学び、唯一英語が話せて、彼らのテーマに最適任のMrs.Yıldız局長 (彼女は私のカウンターパートだったのですが、何と6月半ばに青天の霹靂の超特進のサプライズ人事でtopの局長になってしまいました。これについては如何にもトルコらしい裏話があるのですが、それはまたの機会に) が不在にしており、対応に困り果てた職員の方が、ハタッ・・・。

 しかも、彼らのテーマは私が6月に開催したワークショップの内容に正対し、「ツーリズム伝道師」を自認する当方としては、否も応も無く「季布の一諾」と相成った訳です。
 その後、Yıldız局長との確認やら彼らとのやり取りを経て、晴れて25日の舞台に臨んだわけです。6月の会議で作成した資料の配布はなりませんでしたが、その後の活動データ等も交えた説明をすることにして、また当日は写真係りとして我がカミさんのサポートもあり、SERAP助教授の部屋を訪ねました。挨拶とトルココーヒーを啜りながらの雑談の後、いよいよ始まり、始まりと相成り、勇躍教室に向かいました。

 教室の扉を開けてビックリ仰天玉手箱! 
 
何とそこには70名近い学生たちが興味津々の目で我々をフォーカスしているではありませんか!! (こちらでは一度に多くの学生への講義を避けるために午前と午後の2部制にしている学部が多いそうで、この時は私がしゃべる事もあり、SERAP先生が二つのクラス合同の授業にしたそうです)。 しかも、圧倒的多数がうら若き、かつ、美しき女学生たちときていますので(論より証拠に写真を特とご覧あれ)、何だか思わず胸が弾んでしまいました。
 かくして、先生のコメントに続き、Şafak&Yasinコンビによるプレゼンが始まりました。約20分で彼らのプレゼンが終わり、いよいよ私に場面が渡されました。進め方は、両名からの問いかけに応える形で私がかなり怪しげな英語で語り、それを隣でAhmetが通訳する訳です。
 
口火は「クルシェヒルのツーリズム振興は何故できていないのか?」と真向勝負の直球が来ましたので、こちらも本音でやろう腹を決め、時にホワイトボードに数字を書いたり、日本の旅行会社のパンフのコピーや9月に刷新したクルシェヒルの観光パンフを回覧したりしながら、と思いつくままに話を進めました。(麗しき女学生たちが目の前にいるせいかどうかは判りませんが)話はあっちに飛び、こちらに戻りのダッチロールを繰り返しつつ、Yıldız局長が聞いたら耳が覆いたくなるようなシビアな内容も交えて、どうにか大団円を迎え、最後は「叩けよ、さらば開かれん!今日の話で、少しでもツーリズムに興味が湧いた人は何時でも訪ねて来て下さい。部屋の扉は何時でも開かれています。」の下げでどうにか締めくくりました。
 万雷の拍手の後(ホントですよ)、学生達から質疑応答の時間が欲しいとの希望があり、興味ある質問を多くいただきました。中には「故三笠宮寛仁殿下が何故、カマン・カレホユック遺跡の発掘や博物館の創設にあんなにもご尽力されたのは何故か?」という珍問もありました。ともかく予定を15分程オーバーして、何とか舞台を幕にすることができました。
 その後はSERAP先生 (私に花束を贈呈しているチャーミング方) からの花束贈呈や、学生達との写真撮影やらと賑やかなひと時となり、一段落した後SafakYasinAhmetに我々夫婦5名でSafakのバイト先のギョズレメ(クレープをもっと薄くした感じで、具にチーズや卵やポテトも入れて焼く結構イケるトルコ風スナック)のお店でギョズレメとコーラの「打上げ」をしました。ここいらが、何ともイスラム的ですが。この「打上げ」にも落ちがありて、店のおカミさんがスマホの画面を見せながら、「この日本のクルクル回して作る食べ物をこの店でもやりたいが、日本人のあなたなら製造機器を手に入れられないか?」と聞いてくるので、何かと見たら、なんと「タコ焼き」を作っている動画でした。本人はお菓子と勘違いしているようで、「こんな作り方のお菓子はどこにもないので絶対に流行るはずだ」と自信満々で、「違う!違う!そもそもこれはタコ焼き“と言うものでお菓子ではなく・・・」と我々では「製造機器」の入手は無理だということをどうにか納得
させました。しかし、(失礼ながら)こんな地方の街のAnne(お母さん)でもスマホを駆使して商売のネタを探しているとは!ITテクノロジーの凄さを実感させられました。 というわけで、今回はかなり長丁場となり、飽き飽きされた向きも多かったのではと反省しきりです。では、また。

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