JICA海外協力隊の世界日記

デリー下町生活

もう最後なのに出張とは


 7月4日の夜、理事長の息子さんから「明日か明後日、あなたはバリアに行くことになります。招待されました。」というメールが届きました。読み返しても何のことかさっぱり分かりません。バリアはどこなのか、何のために行くのか聞いたところ、「バリアはウッタルプラデシュ州。目的は日本語と日本文化のプロモーションのためで、理事長が私に行ってくれと言っている」という答え。

 なんでこうなの。分かりやすく言ってくれればいいのに。インド人は説明しない人が圧倒的に多いのですが、それは他人のことを気にしない人が多いからなんだろうと思います。理由を説明してくれれば納得できるのに、説明がないために要領を得ないことがこれまで何回もありました。

 さて、日程も分からないまま、理事長に頼まれたのならしょうがないとしぶしぶ引き受けました。翌朝、電話がかかってきて7月6日から11日まで行ってくれというので、10日には大使館へ挨拶に行くので無理ですと答えると、では7月9日までと決まりました。

 具体的に何をするのか聞いたところ、バリアの学校で日本語を教えてほしいという答え。何年生ですかと聞いたら分からないとのこと。いい加減です。それから、私の写真が2~3枚必要だとか、プロフィールが必要だとか言われました。何のために必要なのか言ってくれないから、こちらも選ぶのに困ってしまいます。とにかく、聞きまくって、こちらの欲しい情報を引き出すしかないのです。

 本当は7月8日まで勤務先の学校で授業をするはずだったのです。急に出張が決まったため、7月5日が最後の授業になってしまいました。授業をして子どもたちに挨拶がしたかったのに、がっかりです。おまけに日本語教室の整理もできなくなってしまいました。これは出張後にやらなければなりません。

 というわけで、いやいやながら出張に出かけることになりました。デリー空港発朝7時の便なので、4時半に学校のドライバーが迎えに来てくれました。飛行機は50分遅れでラクナウに到着。アーメダバードで事故を起こしたエアインディアだったので少しドキドキしましたが、遅れただけで普通に飛んでくれました。

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 到着するとすぐ迎えの人から出口で待っていると電話があり、行ってみると若い男の人が2人花束を持って待っていました。ひや〜、花束なんて久しぶりだなあ。

 私はラクナウに泊まるのかと思っていましたが、車に乗ると300km以上離れたバリアまで一直線に走りました。ウッタルプラデシュ州は人口が2億4千万人もいてインド最大の州なのです。なんと日本の2倍の人口。

 以前読んだ本には政治家や警察が良くなくて、とんでもない事件が多い州だと書いてありました。まあ、あまり評判のよくない州のようです。でも、ラクナウに実際行ってみると人は親切で食べ物はうまいのです。私はラクナウをとても好きになりました。行ってみないと分からないものです。

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 ウッタルプラデシュ州は平坦で写真のように今は田んぼが広がっていました。冬から春にかけては麦を植えるそうなので、二毛作を行っているということでしょうか。インドの稲作は手植えです。写真は人数がそれほど多くはないですが、他のところでは田んぼ1枚に10人くらいで手分けして苗を植えていました。私の子供の時の風景で、とても懐かしい感じがしました。

 ラクナウを出発して4時間。ようやくバリアの学校に着きました。そしたら、なんと学校の入口に次の写真の看板がありました。これにはびっくり。前日に私の写真を送ったばかりなのに、もうこんな大きな看板がある。ひや〜、こんなことは人生で初めてです。現金なもので、なんだかやる気がむくむくと湧いてきました。

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