2025/01/17 Fri
映画
映画「Vanvaas」とインドの家族


デリーにはPVRという大手のシネコンがあります。ここが1か月349ルピー(650円)で4本の映画が観られるパスポートというのを出しています。ただし、観れるのは月~木だけで、席の予約料(40~60ルピー)は別にかかります。
対象外の映画があるなど、なんでも観られるわけではないのですが、ケチな私にはうってつけで、このパスポートを使って映画は平日に行くことが多いんです。
12月末に映画Vanvaasを観に行きました。どんなストーリーか知らないで観に行ったのですが、びっくりするような内容で考えさせられる映画でした。
簡単にストーリーを紹介すると、主人公はインド北部の街シムラ―に住むお金持ちで、妻に先立たれてからは妻との思い出の中で生きています。息子が3人いて孫もいるのですが、歳をとるにつれボケが始まり、頑固で周りを困らせることもあります。
そんな主人公に息子たちはバラナシに行こうと誘います。息子の嫁たちも一緒に行き、バラナシを観光していましたが、いつの間にか人ごみの中で置き去りにされてしまいます。息子たちに捨てられてしまったのです。
住所も自分の名前も忘れてしまった主人公は、スリの若者に助けられます。若者は少しずつ記憶を引き出し、彼をシムラ―に連れて行きます。しかし、一番戻りたかった自分の家はすでに売り払われていました。そして、彼は息子たちに再会しますが・・・
主役のナーナー・パーテーカルが素晴らしかったです。この人は昔「ラジュー出世する」というシャールクカーン主演の映画に、重要な脇役で出ていた人です。あの時も渋い演技をしていましたが、この映画では認知症の老人役を人間味たっぷりに演じていました。
私がびっくりしたのは、こんなことが実際にインドであるのかということでした。家族を大事にするインド人がまさかこんなことはしないだろうと思っていました。でも、もしやと思ってネットで調べてみると、驚いたことにたくさんの事例がでてきました。
ある老人は料理人をしていて、妻と二人の息子がいましたが、交通事故で失明してからは働けなくなり、妻が出て行きました。息子たちは手術を受けさせると言って、遠いニューデリーの病院に連れて行き、そこで彼を置き去りにしました。
ある老婆は一人息子に「親戚を訪ねよう」と車に乗せられ、途中で降ろされて置き去りにされました。
スィク教のグルドワーラーに置き去りにされた老人。病院、警察署に置き去りにされた老人。いろいろな事例が出てきます。多くは家や現金、宝石などを奪われてから捨てられた人たちです。
インド国会は2007年に「親と高齢者の維持と福祉法」を可決しました。これは、成人した子供と孫に高齢の親を養うことを定めたもので、子供が高齢の親の世話をしない場合、3か月の懲役刑が求刑されます。
同法の成立以来、政府は全国の請求件数に関するデータを公表していませんが、中規模の州であるケララ州では、2022年に州内の裁判所がこれまでに2万件の事案を処理したと公表したそうです。ということは、インド全体では相当な数に上るし、しかも訴訟は氷山の一角のようなものだから、実態はすごいことになります。
ニューデリーにあるSHEOWSというシェルター(老人ホーム)は20年前に始められましたが、設立以来1万人を受け入れているといいます。シェルターの入居者には、学者、ビジネスマン、専門家などもいて、貧しい家庭よりも、中流家庭の出身である可能性が高いそうです。
インドの高齢者のほとんどは、年金、政府の支援、健康保険受給の対象とならず、自分の子どもを頼りにします。悲しいことですが、経済的な問題が親を捨てることにつながるのだそうです。
政府が支援する貧困層向けの年金制度に「インディラ・ガンジー国立老齢年金制度」があります。これは貧困線以下で生活している60歳以上の人々に月額200ルピー(360円)を支給するというものです。(80歳以上の人々には月額500ルピー)しかし、これではせいぜい3~4日分にしかなりません。
伝統的にも、宗教的にも、インドでは長い間、年老いた両親の世話をすることは子供の義務であると考えられてきました。しかし、社会や経済の変化とともに、かつての大家族制は崩れ、核家族化してきています。これは日本がたどった道と同じです。
でも、いくらなんでも自分の親を捨てるのはダメでしょう。そんなことをして幸せに人生を送れるわけがありません。問題の解決には社会保障制度を整えていくのが急務だと思いますが。しかし、すぐ実現するのは難しいでしょう。
この映画を観てから、街で老人を見かけると、この人はどうなのだろうと思うようになりました。問題の解決は難しいです。でも、SHEOWSやHelpAge Indiaといった慈善団体が捨てられた高齢者を助けています。それはインド人の素晴らしいところだし、そこに希望があると思います。
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