JICA海外協力隊の世界日記

デリー下町生活

「パール判事」を読む 2

 最初に、パール判決書の結論をざっくり言うと、東条英機をはじめとするA級戦犯全員を「無罪」としました。このことから、主に右派らによって「日本無罪論」に曲解され、太平洋戦争で日本は悪くなかったと結び付けられることがあります。

 しかし、「パール判決書」は、英文で25万語、講談社の日本語文庫版で1400ページを超える膨大なものです。本文中には、法律関係の専門書だけではなく歴史書や哲学書、各種の手記などさまざまな文献から引用がなされています。

 パールは、東京裁判で検察が提示した起訴内容すべてについて、「無罪」という結論を出しました。しかし、これはあくまでも国際法上の刑事責任において「無罪」であることを主張しただけで、日本の道義的責任(人としての正しい道を守るべき責任)までも「無罪」としたわけではありません。

 パールがこの意見書で何度も繰り返したように、日本の為政者はさまざまな「過ち」を犯し、「悪事」を行いました。また、アジア各地では残虐行為を繰り返し、多大なる被害を与えました。その行為は「鬼畜のような性格」をもっており、どれほど非難してもし過ぎることはない。当然、その道義的責任は重いと述べています。

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 例えば、南京虐殺事件について、パールは「南京における日本兵の行動は凶悪であり、かつベイツ博士が証言したように、残虐はほとんど三週間にわたって惨烈なものであり、合計六週間にわたって続いて深刻であったことは疑いない。」とこの事件を事実として認定しています。「主張された残虐行為の鬼畜のような性格は否定し得ない。本官は事件の裏付けとして提出された証拠の性質を列挙した。この証拠がいかに不満足なものであろうとも、これらの鬼畜行為の多くのものは、実際行われたのであるということは否定できない。」と述べて日本軍の行為を断罪しています。
 
 しかしパールは、被告人たち(A級戦犯)が残虐行為を指示・許可したと断定することはできないとし、検察側によって提出された証拠も不十分であると論じました。また、刑事的責任があるような不作為(部下が悪事を働いていることを知りつつもそれを止めなかった行為)の証拠も存在しないとして、最終的には彼らを有罪にすることは困難であるという判断を下しました。


 パールは「通例の戦争犯罪」については国際法上の意義を認め、その罪を東京裁判で審議することを肯定しました。しかし、「平和に対する罪」と「人道に対する罪」に関しては、国際法上の根拠がないとして、その罪そのものを否定しました。罪刑法定主義に則り、行為時に法律上犯罪とされていなかった行為を、後に制定された法律によって処罰することはできないとしました。
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 しかし、東京裁判では、国際法に則らない「平和に対する罪」によって被告が訴えられ裁判が進行しました。パールは、このような裁判を「司法裁判所ではなくて、単なる権力の表示のための道具となる」と厳しく批判しました。「この裁判は、復讐の欲望を満たすために、法律的手続きを踏んでいるようなふりをするものにほかならない。それはいやしくも正義の観念とは全然一致しないものである。」と述べています。

 
 パールは「法は、人間の合理性および人間の天賦の正義感から発するものである。」と考えていました。ただし、パールは人間の「裸の理性」を信用していたわけではありません。彼にとって「人間の合理性」と「正義感」は、神から与えられた「天賦」のものであり、法は「真理」に基づいていなければならないものでした。
 
 一方、人間はどこまでも不完全な存在です。そのため、人間によって制定される法は、人間存在と同様に不完全な存在です。法は「真理」を表現していなければならないものですが、真理そのものではないのです。しかし、人間は不断の努力によって、その不完全な法をより高次のものへ高めていく必要があります。社会秩序を保持するために法を改善し続ける営為こそ、法治社会に必要不可欠なものであるとパールは論じました。
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 アメリカ、イギリスをはじめ連合国は日本の帝国主義を断罪し、その指導者たちを「平和に対する罪」で裁こうとする一方で、自らの植民地を手放そうとしないばかりか、日本が撤退した後の植民地の奪還を図り、再び帝国主義戦争を起こしている。そのような状況が、裁判と同時進行的に繰り広げられていることの欺瞞と矛盾をパールは冷静に指摘しました。パールにとって、日本のアジア侵略も西洋諸国の植民地支配も、道義的・社会通念的には間違いなく不当な行為でした。しかし、法学者という立場上、彼はそれを国際法上の犯罪と認定することはできませんでした。


 彼は「政治」が「法」の上位概念になることを厳しく批判し、その観点から東京裁判の問題点を指摘しました。このような裁判を続けていれば、「戦争に勝ちさえすれば国際法を無視して都合よく裁判を行うことができる」という認識を広めることになり、戦争の撲滅どころか国際秩序の崩壊すら招きかねない深刻な状況に陥ると訴えました。彼にとって東京裁判は、「文明の裁き」どころか「文明の退化」を意味する極めて問題のある裁判であったのです。


 パールは、このような帝国主義国の非道を正当に裁くことのできない国際社会の限界を冷静に指摘しました。そして、そのような状況に鑑み、世界連邦の実現に向けて人類が一致して努力すべきことを訴えました。また、国際法の整備と確立を進め、法を真理に近づけるべく努力することこそが文明国の使命であると説きました。 

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