サバーイサバーイlaos日記(大竹隊員は帰国しました)

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大竹 恵実
栃木県

タイプ/職種
青年海外協力隊
助産師
派遣国
アジア
ラオス ヴィエンチャン市特別市
一言メッセージ
看護師3年、助産師5年の経験の後、青年海外協力隊としてラオスにやってきました。日本の医療との違いに衝撃の連続でしたが、ラオスの良いところに目を向け、“助産”というものを見直す良いきっかけとなっています。

 

私の国際協力の原体験

2019.12.05

人 活動 生活

JICA海外協力隊でラオスで助産師として活動していた時に、出会ったラオスの19歳のお母さんと赤ちゃんの話です。

19歳、初めてのお産だった彼女。 お産の時に関わり、家族ぐるみで良くしていただき、出産後も自宅の訪問などをしていました。 おうちは決して豊かな生活をしている訳ではなく、自給自足で野菜やお米を作り食べていました。彼女の夫も、家の農作業をし、なんとか生計を立てていました。 その赤ちゃんは心臓に病気を抱えて、手術が必要でしたが、彼女にはお金がなく、その赤ちゃんに手術を受けさせることができませんでした。

そのため、他国の団体の支援を得て、赤ちゃんが一歳半になったときにラオスの中央病院で手術を無料で受けるための手続きを取ってその日を待っていました。

しかし彼女の赤ちゃんは9か月で亡くなりました。 家

族と親戚、近所の住民、村長さんが集まり、お寺で赤ちゃんを火葬しました。 彼女は泣いていました。 私は、そのとき、一緒に泣くことしかできませんでした。

何もできない私の無力感。 自分には、何ができたのだろうか。

これから自分には何ができるのだろうか。

もし、日本に生まれていなかったら… 私はどんな生活をしていたのだろうか。

今、どんな風に生きているのだろうか。

そんな疑問も抱くようになりました。

同時に、国や文化や肌の色が違っても、命の尊さは同じということも強く感じました。

小学校で習っていた、「人類みな平等」そんな言葉は嘘だと思いました。 でも、「人類みな平等」な世界にしたいと強く思いました。誰かではない、彼女の涙を止めたいと強く思いました。

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私は、二年の任期を終え、帰国した後にNPO法人あおぞらという団体で助産師として、母子保健向上のための活動に携わっています。

世界には、過酷な状況の中、生まれてくる赤ちゃんがいます。 助産師としてラオスで活動している時にも感じていたことでした。 もしかしたら、みなさんも身近な人で感じていた事もあるかもしれません。

わたしは、協力隊での自分の経験から 『世界の生まれてくる赤ちゃんの命を救いたい』 『お母さんの悲しみの涙を減らしたい。』 と強く思い、今も活動を続けています。 しかし、 『命を救うこと』 がどんだけ難しくて、複雑で。 本当に自分がちっぽけだな、無力だなと毎日感じます。 何度も何度も壁にぶち当たりながら、でも、やっぱり、『命を救いたい』その想いを持ち行動しています。 なんでこんな事をやってるんだろうと泣いた日もあります。

でも、やっぱり私の原体験は、ラオスで出会ったあのお母さんになった子が涙を流していたからなのだと最近思います。

隊員の任期が終わってから、先日ラオスを訪れる機会があり、そのお母さん会いに行くことができました。

彼女は笑っていました。

来てくれてありがとうと私に言ってくれました。

私にはこれから何ができるんだろう。 彼女を見て、また考えさせられました。 いつか、あの子の本当の意味の笑顔が見れる日が来くるといいな。 わたしも自分の今できることを精一杯取り組んで行きます。 最後まで読んでいただき、ありがとうございます。