JICA海外協力隊の世界日記

笠戸丸の風

第4話 半田知雄のデッサン資料

半田知雄という人を知ってますか?

半田知雄(はんだともお 1906年~1996年)は、1917年に家族と共にブラジルへ渡り、サンパウロ美術学校を卒業後、サンパウロ美術研究会(略称:聖美会)を創設した、日系画家の草分け的な存在の一人です。

彼は移民の日常生活を題材にした作品を多く残しています。また『移民の生活の歴史』という本も執筆し、当時の生活を伝えています。

半田の絵は、ブラジル国内の日系の施設に飾ってあることが多く、目にする機会もあると思います。人文研の事務室にも2枚飾ってあります。

【1枚目 人文研の事務室に飾ってある半田の絵】

ちなみにJICAのサンパウロ出張所の会議室に半田の絵が2枚飾ってあります。出張所を訪れた際には、見てください。

そして、人文研では、この半田知雄の資料を所蔵しています(第1話の写真2枚目参照)。

資料の内容は、日記や手紙、移民の生活の歴史の手書き原稿等です。

私が昨年12月に、これらの資料を整理していたら、デッサンが45枚出てきました。その内訳は直筆が3枚、残り42枚はコピーです。

直筆3枚には、カマド(左上)、machado(斧)とfoice(柄の長い鉈)(右上)、それと水筒(中央下)が、それぞれサインペンによって描かれています。

【2枚目の写真参照】

写真ではわかりにくいと思いますが、カマドのデッサンはサインペンの下に鉛筆で下書きをしています。

また、カマドの上部には、単語らしきものがうっすらと書いてあります。

一方、水筒には、下の方にキャンバスに描く時の幅が記載してあります。

わかりますかね。さらに下の方には「カット①」とも書いてあります。

実際、この水筒を2.5cmの幅で描くには、かなり小さくなります。

そして、他の42枚は、街の風景や農作業をする人、牛・豚・カピバラ、はたまたカエルを描いたデッサンのコピーになります。ほぼ全てのデッサンに年代や題材名が書いてあります。

【3枚目の写真参照 主な4枚】

このコピーを一枚ずつ見ると、サインペンで薄く描いた線なのか、鉛筆による下書きの線なのか、今一つ判別できません。

やはり、鉛筆の下書きであるという判別できるのは、直筆の資料ならではということになりますね。

しかしながら、この42枚の直筆のデッサンは、現在どこにあるのかわかりません。

コピーといえども、直筆と同じ情報を持っています。

もし直筆が消失あるいは散逸してしまっていたら、これらのコピーから情報を得るしか方法はありません。

なので直筆もコピーも保存しておく必要があります。

現在、半田知雄の絵画は、研究されるまでに至っていません。

しかし近い将来、彼の絵画が研究の対象となった場合、これら45枚のデッサンは資料的に重要になってきます。

そのために今、保存しておくわけです。

さて、第2話で笠戸丸の渡航者数781人に至るまでの経緯を紹介しました。

そのなかで、結果にいたるまでの経緯を探ることで、説得力が増すという話をしました。

今回も同様に、半田の絵を見るのも重要ですが、その絵の制作過程の一つであるデッサンも見ることによって、絵からはわからなかった何かが判明することがあると思います。

そのために、今、記録を残す。

記録を残すという意味の一つには、経緯を明らかにするため、ということがあると思います。

これから整理を進めていくなかで、この絵の基はこのデッサン‼、ということがわかれば、改めて紹介しますね。

それではまた

 ~笠戸丸の風を受けて~

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