笠戸丸の風

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清水 邦俊
千葉県

タイプ/職種
日系社会シニア・ボランティア
学芸員
派遣国
中南米
ブラジル サンパウロ州サンパウロ市
一言メッセージ
日系移民の歴史、アーカイブズ、サンパウロでの衣食住、はたまた日本の歴史の四方山話を綴っていきます。

 

第8話 サンパウロの地下鉄工事の歴史

2019.03.08

活動

今回は活動ネタで。

資料整理の作業をしていたら、このような新聞の切り抜きが出てきたので紹介します。

1975年11月17日付けの読売新聞の朝刊。

記事を要約すると、サンパウロ市内で地下鉄工事が進められている中、東西線と南北線の交差ターミナルに選ばれたのがセー広場だった。

しかし、その交差点上に建っていた28階建て(高さ約100m)のメンデス・カルディラビルが工事の妨げになっていた。

この辺りは、地盤が弱く、ビルの真下で地下鉄工事が始まると傾く可能性がある。

かと言って、迂回工事をすると工費が倍増するということ理由から、ビルを取り壊すことに。

しかし、取り壊しも上階から崩していくと1年以上かかるため、ダイナマイトで爆破することになった。

ダイナマイトによるビル爆破の規模としては世界最大級。

そして、この爆破に関わったのが高橋勇剛さん(32歳)という日系男性。

高橋さんは当時、サンパウロ大学科学技術研究所のスタッフだった。

弟の譲二さん(30歳)をパートナーに、アメリカの会社の協力のもと爆破計画を立てる。

同年11月16日午前7時30分、ビルの中約1200か所に仕掛けられたダイナマイトが爆発。

規制の外側のビルの窓や道路から約1万人の見物人が見守るなか、わずか5秒で崩壊したとのこと。

心配された周囲への影響は、最も近い建物でも70mしか離れていないという条件だったにもかかわらず、ガラス一枚割れずに被害はゼロ。

爆発音を聞いて驚いて倒れた子供一人が救急車で運ばれただけだった。

ということです。

サンパウロの地下鉄工事の歴史の一端に、高橋兄弟という日系人が関わっていたということがわかります。

ちなみに、新聞記事に高橋家は熊本県出身と記述してあったので、サンパウロ新聞社が1972年に刊行した『在伯熊本県人発展史』を調べてみました。

それによると、新聞では勇剛となっていましたが、雄剛が正しいようですね(笑)。

同書によると、雄剛氏はサンパウロ大学工学部卒業後、ブラジル科学技術庁鉱物学研究室に勤務。

なんと、年代不詳ですがブラジル卓球選手権大会で優勝経験があるとのこと。

弟の譲二氏は、サンパウロ大学工学部を首席で卒業し、サンパウロ市長のフィゲーレ・フェラーレスの事務官として、サントス・サンパウロ間の道路の設計・工事等に参画したとのこと。

優秀な兄弟ですな~。というか、優秀な一家です(笑)。

セー駅で地下鉄を乗り換える時は、高橋兄弟のことをちょっと思い出してみてください。

それではまた

 ~笠戸丸の風を受けて~