JICA海外協力隊の世界日記

笠戸丸の風

第2話 笠戸丸の乗船名簿

今回が実質第1話目ですね。記念すべき1回目はブログタイトルにもある笠戸丸(かさとまる)についてです。

笠戸丸については、既に知っている人も多いと思います。知らない方のために、ざっくり言うと、1908(明治41)年にブラジルへの移民第1号である781人を乗せて、神戸港からサントス港へ向けて出港した船のことです。この船での渡航から、正式に日本人のブラジルへの移住が始まったと言う歴史的な船です。

私が人文研に派遣されて数か月後の2018年10月、活動の参考のためにサンパウロ州立公文書館(こうぶんしょかん)へ見学に行きました。その時、担当者から頂いた「笠戸丸」という本(上部写真参照)。

同館が編集・発行した本です。解説はもちろんポルトガル語で書かれています。歴史好きの私にとって、語学勉強には持ってこいの教材です(笑)。

それをある日、何気なくペラペラとページをめくっていると、後半部分に笠戸丸の乗船名簿の写真がありました。しかも全ページ分。こういう写真は、悲しいかな職業柄、目を皿のようにして見てしまいます。

名簿なので、乗船者一人ずつ記載されています。名簿の項目は、まず1番からの通し番号があり、続いて氏名・性別・年齢・職業・世帯主・最終居住地とその居住期間等が書いてあります。

この乗船名簿は全て英語で書かれています。笠戸丸の乗船名簿は、これまでの研究で英語版・日本語版を含めて8種類あることが判明しています。日本語版は国立国会図書館のデジタルコレクションで見ることが出来ます。興味ある方はご覧ください。

要するに、このうちの英語版をサンパウロ州立公文書館が所蔵しているということです。

話しを戻しましょう。そして最後のページを見ていると、ムムム、???、あれ?あれ?あれ?

最後の人の番号が「841」になっています。しかもその下に「Last number 841」(写真の赤線矢印部分)とも書いてあります。確か、笠戸丸で最初にブラジルに移住した人は781人のはず。国会図書館の「ブラジル移民の100年」の移民の募集の章でもそうなっています。60人も違うとは、これは歴史的に大問題です。

しかし、次のページに英文の補足説明があります。それによると、どうやら、この60人は渡航をキャンセルしたようです。キャンセルした人の番号が書いてあり、その番号の人の項を見ると線が引いてあります(写真参照)。

蛇足になりますが、補足説明に書かれているキャンセル数を数えると61人ですが、このうち748番の人は一度はキャンセルしましたが、その後気が変わったのか再度加えられています。

キャンセルした人は家族単位であったり、一人であったり。彼らは出港直前で日本に残ることを選択したのです。

出港が数日後に迫ったある日、どこかの家族内で「とーちゃん、やっぱり行くのはやめようよ、あたしゃ、怖いよ~」という会話が交わされたかどうかわかりませんが、ブラジルへ渡った人、日本に残った人、誰もが人生の選択を迫られたことでしょう。そこにはまさしく、841人それぞれの想い・決断があったわけです。

さらに蛇足ですが、キャンセルはせずに、別人が乗船したという話もあるようです。いわゆる成りすまし(あるいは替え玉)。このことを示す資料は、まだ発見されていないので断言はできませんが、無きにしも非ずだと思います。

なので、キャンセル数は60人、そして結果的に渡航者は781人になったということです。めでたし、めでたし(笑)。

さて、一般的なブラジル移民の本には「初回のブラジル移民は1000人の応募を目指したが、実際の渡航者数は781人であった」という主旨の文章が書かれています。確かに、これは間違いではありません。

しかし、この乗船名簿から判明したことを踏まえて正確に言うと「841人の応募があり、このうち60人がなんらかの事情や理由でキャンセルして、その結果781人が渡航した」となるのではないでしょうか。

笠戸丸が神戸港を出港したのが1908年4月28日、乗船名簿の補足説明書きの日付は、同年4月22日です。なので、4月22日の時点で781人になったということがわかります。

このように渡航者は781人であるという結果だけみれば、ブラジル移民の本の記述は間違っていません。本の体裁上、詳細に説明する紙幅がなく、執筆者が知っていたけど書けなかったのかもしれません。

今回の乗船名簿を見ることによって、781人という結果にいたるまでの経緯を少し知ることができたと思います。

キャンセルした60人が、いつ、どのような理由で、渡航を取りやめたのか。60人全員は難しいですが、1家族、いや1人でも、その理由が明らかになれば、もっとブラジル移民第1号の笠戸丸の歴史を語るのに、説得力が増すのですが・・・。

また、他の乗船名簿や、サントス到着時に移民収容所で作成された上陸名簿(入国者名簿)等と照合すると、これまであまり語られてこなかった事実が明らかになるかもしれません。

気が向いたらやってみます(笑)。

それにしても、この乗船名簿を見ていると、今回のキャンセルの件の他に、いろいろと疑問が湧いてきます。それを調べていると、どんどん深みにはまります(笑)。いわゆる「ツッコミどころ満載の資料」ってやつです。乗船名簿を研究するのも面白いかもしれませんね~。

今回は、笠戸丸の乗船名簿からわかった小ネタ話を紹介しました。

それではまた。

 ~笠戸丸の風を受けて~

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