2024/11/20 Wed
自然 観光
カヤンベ登山
エクアドルの首都キトの近くにカヤンベ・コカ国立公園があり、そこではJICAボランティアの三津野さんが公園レンジャーとして活動をしています。エクアドルの多くのボランティアが彼女に誘われて訪れていたのですが、私もお願いしてもう一人のボランティアの多美さんと一緒に連れて行ってもらいました。アンデス山脈にあるカヤンベ火山(標高5790m)には赤道直下で最も氷河が残っていて、運が良ければそれを見ることが今回の目的です。私の家族が年末に日本から会いに来てくれることになっていたので、旅行先の候補としても考えていました。
パタテからカヤンベまではバスを乗り継いで6時間弱かかるので、カヤンベに一泊して早朝に登山をする予定です。カヤンベでは三津野さんが迎えに来てくれて多美さんと一緒に久しぶりに日本語の会話を楽しみました。三津野さんのボランティアの職種は環境保全ですが、国立公園の管理維持に派生するさまざまな活動を行っています。一年前に着任してから、温暖化によって急速に後退していく氷河の定点観測を続けているとのことですが、観測を始めてからすでに20~30m後退して小さくなっているそうです。公園を訪れた人を案内しながら氷河の話を通じて環境教育を行ったり、安全に登山ができるように案内標識を立て、ルートに沿ってロープを張る作業もしているそうです。標高4700m前後の空気の薄い中、たくさんの標識を担いでの作業は相当な労働ですが、細い体でかつ私とあまり変わらない年齢でこなしていることに驚きました。一緒に登った時にも、軽装備で氷河に入っていく登山客に対して、危険なので戻るようにと何度も大声で呼びかけていた姿に、プロ意識を感じました。実際、少し前にきちんと装備をした3名が氷河のクレバスに落ちたニュースがあったばかりです。その時は捜索に立ち会った遺族への対応を担当したそうです。
この日の登山に際して、2日前に三津野さんから天候が悪そうなので延期してはどうかと連絡が入ってきました。いままで3度も登りに来たのに、一度もカヤンベ山の姿を見たことが無く、強風で断念した人もいるとのことです。まともに山を見た人はかなり稀のようで、吹雪で歩くこともできなかった時のことが頭に浮かんだようです。専門家の話だから天候は諦めるとして、家族が来た時に案内ができるかどうか確認しておきたかったので、無理を言ってお願いしました。山小屋の登山口だけでも見れたら良いなと思って悪天候を覚悟します。一緒に参加してくれる多美さんまで巻き込みたくなかったのですが、彼女から「晴れ女、カヤンベに念を送り続けておきます」との返信があり、付き合ってくれることになりました。正直に言って期待していなかったのですが、カヤンベに着いた日は快晴で、夜は月がきれいに見れて、翌朝はホテルの屋上からカヤンベ山の麓から上る朝日を拝むことができたのです。
山へは、標高2800mのカヤンベの町から4600mの避難小屋まで1時間ほど車に乗っていきます。途中からはかなり荒れた山道になるので、四駆の車高の高い車が必要です。毎回三津野さんがお願いしているギジェルモさんは、運転だけでなく山登りにもアテンドしてくれ、きつい斜面では何度か足場を示しながら手を伸ばして引き上げてくれたり、写真もたくさん撮って後で送ってくれました。観光山岳ガイドが運転もしてくれるような感じです。
山に近づくにつれて、青い空にくっきりと白い山頂が付き出している姿が見え隠れして、その都度車を降りて写真を撮りたくなります。国立公園の入り口の案内所で、三津野さんから地図でコースについての説明を受けて、保護地区に入りました。遠くに鹿が見えました。カヤンベ・コカ国立公園はアンデス山脈からアマゾン地方まで4県にまたがるエクアドルで3番目に広い公園で、クマやピューマもいるそうです。三津野さんは時々コンドルを見かけるとのことで少し期待していたのですが、代わりにアンデスアギラという鷲を何度か見かけました。舗装道路が無くなる少し手前のところには、赤道を記す標識が道路にあり、南半球から北半球に瞬間移動?できるラインが引かれていました。
やがて避難小屋に到着し、登る体勢を整えます。まずは三津野さんが自然観察員として普段登山客に行っている通りに、写真のファイルをめくりながら解説をしてくれて、ここでもボランティア仲間の恩恵を受けます。山小屋からは山頂の方角以外にも一面に青空が広がっていて、アンティサナ火山、コトパクシ火山、遠くチンボラソ火山などいくつか山頂の白くなった峰を見ることができました。
登り始める前に、ギジェルモさんのところに集まってお祈りが行われました。「これから山に入らせて頂きます、どうか無事に帰れるように見守り下さい」という内容だと思いますが1分ほどかけてお祈りして、3人で「ありがとうございます」と山に向かって挨拶をしました。ギジェルモさんは途中で山の神話も教えてくれました。日本でも見られるように山には男女の区別があり、カヤンベ火山は「ママ・カヤンベ」と呼ばれているとのことです。そしてパパの山(インバブラ山)があるのですが、それは近くにあるコタカチ山と結婚していたのですが、ママ・カヤンベへと浮気をしたそうです。こんな美しく輝く雪山を見たら心が動くのは仕方がないでしょう。そのためコタカチ山はいつも曇っているとの話でした。
去年の暮に初めて登山を経験したチンボラソ火山では、標高5100mまで登ったので高所登山の厳しさを体験していました。しかし今回も4900m近くまで登りさらに距離があったので、酸欠の為に頭がぼんやりして足元がふらつきます。普段2300mの所に暮らしている私がこのような状態なので、海沿いの町から昨日やってきたばかりの多美さんは、相当にきついはずです。でもさすが二十歳代のパワーと持ち前の明るさで、乗り切っているようです。登っている間見え隠れしていた氷河が次第に間近に迫ってきて、柱状になったノコギリのようなピナクルの中から、青白い光が放たれている様子がはっきりと見えてきました。氷河の端は白い雪で縁取られていて、表面は土埃でくすんでいますが、軽く削るとツルツルの奥まで見えるような透明な氷が現れてきます。おそるおそる氷河の上にのってみました。三津野さんの言われる通り、一度滑って勢いがついたらピッケルなどが無いと止まれないことが分かります。すぐ横にアイゼンをつけロープでつながれた山岳ガイドと登山客らしき二人組がいて、教えを受けているようでした。
氷河近くにあって溶け出た水の溜まっている池Laguna Verdeでは、現地ガイドの周りにツアー客が集まり、石ころを渦巻状に並べて山へのお祈りらしき儀式をしているのを見かけました。シャーマンのお祓いのようで、日本のイタコにも通じる風土を感じます。昨年パタテ市の新市長が就任した時のイベントで、床に大きな輪を描くように供え物を置き、インディヘナ(原住民)らしき白い衣装を身に着けた人がお祈りをしていたのを思い出しました。
あとはほぼ下るだけなのですが、ここまででほぼ体力を使い果たして頭の中に赤いランプが点灯しているのが分かりました。皆の後を砂礫の上を滑りながら惰性で降りて行き、なんとか下にたどり着きます。山小屋に入る前に、登山開始と同じようにギジェルモさんに従って、心から山へのお礼のお祈りをしました。山小屋では食欲も湧きませんでしたが、チョコレートドリンクとパンを少しづつ飲み込みながらエネルギーを補充した次第です。天候に恵まれて、無事にルートを回ることができただけでも幸せだったのですが、車での帰路、野生のキツネが道路に現れすぐ横を歩いていく姿に出会えました。山の女神様からの重なる恩恵に更に感謝です。
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