2025/02/27 Thu
人
メルセデスさん


ボランティア活動の3か月目の研修で首都のキトに行った時のことです。私の住んでいるパタテからキトまでバスを使って5時間程度かかります。せっかくなので最初の一か月の語学研修時に間借りをしていたフーリアさんの家に、アボカドをお土産に挨拶に行くことにしました。事前に連絡をしていなかったのですが、大学の先生をしているお父さんのディエゴさんが迎えてくれて、リノベした部屋や庭の家庭菜園などを見せてくれました。それから、この家では一年前に日本人の画学生に部屋を貸していたことがあって、彼女がお礼に描いたご家族の絵を取り出してきました。偶然ですが私もこの家を出るときにお礼としてご夫婦の似顔絵を渡していたので、それを思い出して見せてくれたのです。奥さんのフーリアさんは留守でしたが、迷った末に会いに来て良かったです。
さて、この家からJICAの事務所に戻る途中で、電気屋さんを見つけました。派遣先で暮らし始めた部屋のベッド脇に、ナイトスタンドを手作りしようと思い電気部品を探していたのですが、小さなパタテ市の中では見つからなかったのです。薄暗い店内のショーケースやカウンターの後ろの棚には、もう何十年もそのまま置かれていたようなスイッチやコネクターなどの部品箱が雑然と積み重なっています。そうした部屋に溶け込んでいたような奥さんが、見慣れぬ客に警戒したように声を掛けてきました。躊躇しながら幾つか欲しかったものを告げると、奥から出てきた旦那さんが部品を揃えてくれました。電球のソケットとスイッチ、電線にプラグで、ほんの数ドルだったのですが旦那さんは丁寧に対応してくれました。そしてお店を出ようとしていた時に、奥さんから突然台湾人かと聞かれ、話が長引くことになります。彼女がメルセデスさんです。


周囲に台湾人が多いらしいのですが、台湾を旅行したことがありアジアの文化に興味を持っていることがわかりました。日本人のボランティアで農産物のマーケティングの手伝いをしていることを伝えると、関心を引いたようです。海岸地方のCanoaに自分の農地を持っているけど、農民達は無頓着に農薬を使って土の中の微生物を殺してしまっていると嘆いていました。私はパタテで行われている有機農業をマーケティングに役立てる事を考えていたので共感を呼び、自分の畑で採れた安全なものだと言って大きなレモンをくれました。フーリアさんの家にも家庭菜園がありましたが、エクアドルの人は日本人よりも有機栽培に関心を持っているように感じます。なかなかお店を出るきっかけが見つからなかったのですが、パタテにはいつか行ってみたいし、又キトに来たら寄るようにと言われながら、ようやく電話番号を交換して別れました。
2日後、まだキトに滞在中だった時にも店に来ないかと誘われ、その後もメルセデスさんからは時々連絡を受けながらもなかなか会う機会がありませんでした。キトに来た折にはお店を覗きに何度か行きましたが、いつもシャッターが下りていました。メールでは有機栽培の話の他に、浜辺の自然環境やキリスト教関連のイベントなど、彼女に関心のあるテーマに深入りするため返答に困りながらも、やり取りは続きます。
そして1年半が経過した昨年の11月に、ようやく会うことができました。お店の中は以前と変わらず、元気の良い奥さんに対する相方の旦那さんの受け答えも変わっていません。奥から私のために高椅子を出してきて、カウンター越しに話が続きました。途中でコーヒーを沸かしながら、話はそれぞれの家族のことに移ります。息子さんがアメリカの航空会社のパイロットをしていて最近ニューヨークに行ったことや、お互いに子供はいるが孫が欲しいねといった同じ年代同士が交わす話題で、JICAの会議の時間が来るまでそこで過ごしました。お店はそろそろ畳むつもりだが住まいはキト近郊のTumbacoにあり、庭には農薬や化学肥料を使わずに育てたアボカドやレモン、ハーブが手に入るとのこと、何度も家に来てほしいと言われながら今度はアボカドを2つもらってお店を出ました。
キト郊外の家を訪ねる機会は無いだろうなと思っていましたが、1月初めにその日が訪れます。エクアドル旅行に来ていた私の家族を早朝に空港に見送った後、丸1日空いていたのです。前日の夜に都合を聞いて行き方を教えてもらい、バスとタクシーを使って午前9時過ぎに伺いました。
私の為に旦那さんのミゲルは、朝早くから庭の草を刈ってくれたとのこと、メルセデスさんから自慢の庭の案内を受けた後に、レンガづくりの生活感がにじむリビングに案内されました。そこにはクリスマスから10日が過ぎていましたが、赤ちゃんの人形の入った小さな揺り籠が置かれていて、キリストの誕生を祝う飾りつけがされていました。メルセデスさんは敬虔なカトリック教徒で、彼女の話を正しく聞き取れていたかどうかわかりませんが、キリストが本当に生まれたのは1月6日だと信じているようです。そして派手な飾りを付けたクリスマスツリーなどは、キリストが生まれた時にはあるはずがなく、アメリカの商業主義の産物に過ぎないと嫌悪感を示していました。


昨年の3月の復活祭と9月のマリア様の誕生日の時にもメッセージを受け取ったのですが、キリスト教をベースにした価値観を共有することを願い、それを楽しんでいるように感じました。残念ながら仏教徒を“称している”自分には難しさがありますが、エクアドルの社会に溶け込んでいる文化を理解する為の助けになります。パタテでの話になりますが、市役所が教会に隣接しているうえ、市が支援するイベントのほとんどがカトリックに関係しているため、自然と教会の活動に触れていました。博物館にあるたくさんの聖人達の像や教会の壁に掲げられているキリストの受刑から復活までのシーンを見ながら、考え方の違いに気が付くことがあります。
仏教は自然の条理を諭していると思うのですが、キリスト教の場合は張り付けの十字架に象徴されるように、人間同士の関わり合いに視点を置いていると思います。そしてエクアドルでの2年間の生活を通して、遠くからでも名前を呼び合って挨拶したり握手や抱き合うことが当たり前の感覚に思えてきましたが、ここまで親密さを意識的に表現することは宗教の影響があるのではと感じます。
さてメルセデスさんの家での話に戻りますが、私の到着が30分ほど遅れたことで、昼食の準備が間に合ったと喜んでいました。彼女自身のためのベジタリアン料理が加わったこともあって、かなりのボリュームでようやく食べきったほどです。旦那さんのミゲルもこの来客用のメニューを食べきるのに苦労していました。その後帰る時には、鍋に余ってた料理を包んでくれて、庭ではアボカドやオレンジをもいで渡され、パタテにまだ行ったことが無いから行きたいを繰り返し、パタテを案内する約束を交わして別れました。
そして1月の半ばにパタテにやってきたのです。最初彼女から送られたメッセージを見て近日中に来そうだなと思ったのですが、すぐ近くまで来ているというメールが入り、市役所の事務所を抜け出しました。公園などの周囲を案内してから休憩するためにお店に入った時に、メルセデスさんは劇団を運営しているらしく最近の劇の一部をスマホで見せてくれました。それを見てたびたび良く訳のわからない写真やビデオが送られていたことに思い当たりました。そして彼女は、キリストの誕生を祝う為にやってきた東方の三賢人Reyes de magoの日が近いので、パタテに来たついでにそのシーンをここで撮影したいと言い出しました。子供に賢人役をやらせたいと言いながら通りがかりの親子に声を掛けている姿は、いつものことらしく諦め顔のミゲルさんと一緒に見ていましたが、適当な子供達が見つからず、たまたまお店に入って来た若い人を説き伏せて私とミゲルさんの3名で演じることになりました。メルセデスさんの指示に従って、旅人の道しるべとなる星を見るようにお店の天井を見上げながら、テーブルに置いた揺り籠のキリストの人形に近づきます。それぞれが贈り物を捧げるシーンまでを、彼女はその場でナレーションを加えてスマホで撮影していきました。幸いお店の人からのクレームもなく、配役と出来栄えはともあれパタテで撮影できて満足したようでした。私の方はおかげ様で、その後このお店の人と挨拶を交わすようになり、又東方の三賢人についても勉強になった次第です。
またTumbacoの家に来るように誘われましたが、これが帰国前の最後の別れになりました。彼女のエネルギーに溢れ行動力があって周りを巻き込むパワーに圧倒されますが、いつか急に日本にやってきても、もう驚くことはないでしょう。それまでスペイン語を覚えていると良いのですが。
SHARE