JICA海外協力隊の世界日記

アンデスの田舎町から

インカの伝統を守る人

エクアドルの高地にはインカ帝国の流れをくむインディヘナ(原住民)の自治区がいくつもあって、民族衣装など独自の生活や文化を貫いている姿を見ることができます。ボランティアに参加する以前より、インカ帝国の名前を聞いたことはありましたが、マヤ文明やアステカ帝国などとの区別がついていませんでした。エクアドルに行くことになって歴史を少し勉強し、こちらに来て実際に彼らの生活やキチュア語に触れることができましたが、まだ表面的なことしかわかっていません。ここで紹介する友人との交流を振り返って、マチュピチュなどの遺跡が残るペルーやボリビアに行けば、もっと深い理解につながったのではと今更ながら残念に思います。

インディヘナが多く住むサラサカという自治区のウィラックさんとは、とても仲良くさせて頂きました。この世界日記でも何度か彼について触れましたが、最初に出会ったのは私がパタテ市の市役所に来て3か月ほどたった頃で、事務所の近くの歩道で自家製のシャンプーを売っていました。サラサカの民族衣装である黒いポンチョに黒い帽子をかぶり精悍で浅黒い顔は、少し近寄りがたい雰囲気だったのですが、ゆったりとした柔らかい口調に引き寄せられ、何となく試しにシャンプーを買いました。次に出会ったのはそれから2週間後、市役所の私がいる部署に、売り場の許可を得るために来た時です。同じ黒い服装で入ってきて、私を見つけるとシャンプーの使い心地を問われました。その後しばらくしてから、今度は市場の片隅で奥さんと一緒に売っている姿に出会いました。自然素材で作る製品は、くどい匂いが無く気に入っていたので、マーケティングの参考の為に作り方を見せてもらえないか頼んでみました。サラサカには伝統的な文化と習慣が色濃く残っていると言われる一方、ある記事には生活様式を守るために他から来た人には排他的で冷たい面があるとも書かれていましたが、彼は快諾してくれて次の週末、自宅に伺うことになったのです。

彼の家はパタテから30分ほどバスに乗り、町の教会広場で降りてから更に30分弱歩いたところにありました。これを機会に、彼の家には11回訪問することになります。コロンビア出身の陽気な奥さんとの二人で暮らしで、小さな家の8畳ぐらいの部屋に机とベッドと小さなテーブルが置かれ、小屋裏が仕事場になっています。

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シャンプーや香水の他に、アガベというテキーラの原料になる植物の甘い汁を使ったアイスキャンディー作りにもチャレンジしていましたが、いずれも伝統的に使われている材料を生かした製品作りをしています。こうした活動の背景には、自然を大事にしてきた昔からの生活様式が次第に失われ、それとともに人が分散してコミュニティが崩壊することへの強い危機感があるようです。国としては経済的に開発が進みつつありますが、自分の故郷は取り残されたままで、仕事を求めて町を去る人が絶えないそうです。かつてのコミュニティ社会を取り戻す手段として、土着の伝統的材料を活用した産業を育てて、人々が自立できる途を探していることがわかりました。

彼は仲間と共に、10年前、町の街道に面したビルの中にサラサカ博物館を作りました。サラサカの伝統的な生活様式や祭りを再現した場面を、人物像などを使っていくつも展示していました。しかし暫くしてコロナのために閉館となり、今は展示物を知り合いに頼って保管してもらって、いつか再開できることを夢みています。幸い、現在の県知事がサラサカ出身のインディヘナであることから、県庁所在地のアンバトにある施設を借りて、博物館の一部を一時的に展示できるようになりました。2024年5月の開館イベントに招かれた時に、展示のすばらしさと彼の思い入れを感じたので、記録の為のウェブサイトを作っています。

https://zentousan.my.canva.site/museo

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最初に出会った頃にインカの文化に由来する年間行事を教えられ、その日が近づくと連絡をしてくれました。6月のインティ・ライミ(太陽の祭)については世界日記でも書いたことがありますが、11月2日の死者の日も印象深いものでした。死者の日のお祭りはメキシコが有名ですが中南米でも行われてます。

サラサカの場合も墓地に人が集まるのですが、他の町とは違って墓地には墓石や記念碑のようなものがありません。それぞれのお墓は細長く土が盛られた端に十字架が立っているだけです。たまに花壇の縁石のようなもので囲われていますが、低い垣根以外に視線を遮るものはありません。死者の日には、墓地の入り口近くに並んだテントの屋台でお酒や食べ物を買い込んだり、家から弁当を持ってきて、家族がお墓を囲んで団らんの時を過ごします。墓地で出会った知人や親せきとの挨拶も大切なようで、多くの人がお酒を酌み交わしながら、立ち話をしています。かなり酔いが回っている人もいて、お墓の盛り上がった土に並んで、死人のように地べたに寝込んでいる人を何人か見かけました。

墓地でウィラックさんを探したのですが出会うことが無く、たまたまガラパゴスで乗ったタクシーの運転手さんがサラサカに帰郷していたらしく、私を覚えていて突然声を掛けてきました。ビールを勧められ、持参してきた焼いたクイ(大きなモルモット)の塊を容器に分けてくれます。その他にも見知らぬ人から同じようにビールを勧められて、家族を紹介されしばらく雑談に加わりました。一人で歩き回っていたので好奇の目では見られましたが、とても寛容な人達だなと感じた次第です。

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ウィラックさんの家には昨年のクリスマスの12月24日にも招かれて一晩泊まりました。寝る場所を用意したので来るようにとの連絡で、部屋の片隅に低い天井から吊るされた毛布で囲ったベッドがありました。エクアドル人はほとんどがカトリック教徒で、プロテスタント系も少なからずいます。そしてサラサカでも中心の広場に面してりっぱな教会があります。しかし彼はクリスチャンではなく、ただクリスマスの休みを利用して少しお祝い気分を楽しむつもりだったようです。小さなツリーが飾られている部屋の中で、近くに住んでいるお父さんと親族の若い人を呼んで、ケーキやチョコレートを一緒に食べました。エクアドルではお酒を飲む人が多いので、手土産にワインを持参したのですが、ウィラックさん達は飲まないとのことでした。甘いものをつまみながらのアルコール無しのパーティです。お父さんは有名なアコーディオン奏者だったようで、家から運んできた2台の楽器で複雑な指使いを駆使して披露してくれました。その後寝るまで、ラテン音楽に欠かせない金属製打楽器ギロと太鼓を他の人達が受け持って、何曲も演奏が続きます。

翌日は朝食の後に散歩に誘われました。明け方まで雨が降っていたのですが晴天にかわり、車道を逸れた山道からは、濡れた草木の鮮やかな緑がつづく谷合が一望できて、自分を連れ出した彼の気持ちが理解できました。いままで何度もサラサカに来ていましたが、いつも風が強く土埃が舞っていた為に土地の魅力に気が付かなかったのです。彼はここで道端にある花や葉っぱを採取してシャンプーや香水の原料にしているとのことです。人の手で栽培するまでもなく自然の恵みを享受している様子がうかがえました。

もともと彼は手織り物の職人です。タペストリーを作っていて時々新作を見せてくれますが、机に飾れるようなミニチュアの旗を考案して、ポールにセットしたものも売っています。初めて訪問した時に幾つかの国の旗を見せながら、日本大使館にも自分が織った日の丸を置いてもらうことができないかと相談を受けました。これについてはその後、私がボランティア活動の中間報告をした時に、来賓で参列された大使館の方に渡すことができました。又、帰国前にもお土産としてエクアドルの旗をもらったのですが、エクアドルの外務省へ任期終了の報告に連れて行かれた際に、自分が日本に持ち帰るよりも外務省の机に飾られていた方が役に立つと思って、ちょうど感謝状と交換する形でお渡ししてきました。私へのプレゼントでしたが、彼は理解してくれるでしょう。

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国旗や企業の旗の仕事は続けられている様子で、1月末の帰国直前に伺った時に、ある会社のエンブレムを200旗受注したと言っていました。またその時には大統領選挙が間近に控えており、国旗の依頼が見込まれるとのことで沢山作り込んでいるところでした。ところでこの日は珍しく午前中に来てほしいと言われていて、旗の話の後、カプリという果物の実を取りに行こうと誘われます。ビニール袋を持ち近所を歩き回ってカプリの木を探し、数珠つながりにぶら下がっている大きな飴玉サイズの実をたくさん採りました。ウィラックさんが子供の頃には、カプリの木は至るところにあったそうです。持ち帰ったカプリで、昼食用にパイナップル、桃、キイチゴを一緒に煮込み、コラーダというスープを作ってくれました。又、スープの他に、炒った小麦粉にカプリの実を混ぜて食べるように勧められました。

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以前はカプリはどこでも手に入ったので、畑仕事などするときには炒った小麦粉を持って出かけ、その場で採ったカプリと一緒にお腹を満たしていたそうです。これも彼にとって伝え残しておきたい食文化なのだと思います。帰る時にお別れのプレゼントとして、私の為に織ってくれた小さなタペストリーをもらいました。デザインはエクアドルの他の地域でも見られる図柄なのですが、インディヘナが同じ方向に団結して進んでいる姿なのだそうです。今は自分の家の壁に掛けていて、地味ですが故郷への願いが籠った作品に彼の顔が浮かんできます。

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