2019/06/21 Fri
文化
ラマダン・おたのしみ
先日、モロッコ隊員総会が首都で行われ、普段逢えない隊員とも情報共有する事ができました。
よく話題に上がったのは、やっぱり『ラマダン』でした。
隊員の中には、断食をした人もいれば、しなかった人もいます。
断食をしなかった人も、断食中の人の前では飲み物を飲まず、陰でこっそり水分補給していたそうです。
隊員は、それぞれの『ラマダン』を経験し、活動に影響を受けていました。
私が『ラマダン』期間中、断食を続ける事ができたのは、
日没後のご飯『フトール』があったからです。
『ラマダン』宣言をしていた私は、大家さんや同僚から『フトール』の招待を受けました。
みんなで食べる豪華な食事は、とても楽しい時間です。
『フトール』には、水や牛乳、イチゴやオレンジや黄桃などのフレッシュジュースが並びます。
日中、1滴も水分を摂っていないので、日没を知らせるモスクから聴こえる『アザーン』の後は、みんなで一斉に水分補給をします。
この一体感が、モロッコ文化の中に生きていると感じさせてくれます。
飲み物と一緒にデーツ(ナツメヤシの実)を数個食べて、胃を慣らしてから食事をします。
どの家庭も1ヶ月間いつもより豪華な食事が続きます。
実家に集まったり、親戚の家に行ったり、ご近所さんの家に行ったりと、みんなで集まって食べます。
同僚の家に招待されたのだと思って、同僚の家でのんびりしていると、日没の時間が近づき、ご近所さんのお家に移動なんてこともあり、サプライズの多い『フトール』でした。
『フトール』が、家族の”絆”やご近所の”絆”を深めているように感じました。
『ラマダン』初日、大家さんの家で『フトール』を食べて、お腹パンパンで自分の部屋に戻ろうとしたところ、奥さんからコッペパンがぎっしり詰まった袋を「あとで食べなさい。」と渡されました。
22時を過ぎていたので、「シャワーを浴びます。」と言った私を大家さんは止めなかったのですが、どうやら24時くらいに『夕食』があったようです。
ある時、奥さんが不在のため、大家さんの妹が料理をしてくれていて、その様子を見学していました。
美味しそうなチキンをオーブンで焼いていたのですが、『フトール』には出てきませんでした。
いつも通り部屋に戻ろうとしたら、『夕食』にといただきました。
初日は、『フトール』で1日分の栄養を取らなくちゃと必死に食べたため、お腹が苦しくて寝られないという経験から、私にとっての『夕食』は、果物だったのですが、この日初めて夜中に2食をいただきました。
モロッコの人々は、「断食をすることによって胃腸がスッキリする。」と私に教えてくれますが、物理的にも精神的にも夜中に食べなくてはいけないとなっているため、スッキリは実感できませんでした。
欲求の中で、「食欲」がそんなにないと思っていた私ですが、『ラマダン』で断食をして、様々な自分を発見できました。
喉の渇きの方が、大変ではないかと思っていたのですが、気温によって左右されることがわかりました。
気温35度以上では、喉が渇きます。気温の上がる午後は、日没までの時間どのように渇きを忘れるかがポイントになりました。
気温35度以下では、空腹を感じます。喉はあまり渇きません。
体が熱をつくることができないので、気温30度以下の室内で過ごす時は長袖を着て、湯たんぽを使って過ごした日もありました。
毎日、賑やかな食事をしていたので、たまにひとりで食事をすると、寂しく味気ないものに感じました。
人間って、しっかり食べて、しっかり寝て、楽しく過ごすことが大切なんだと学ぶことができました。
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